研究内容

黄砂粒子上で二次生成する有害化学物質による越境大気汚染と健康影響

 中国大陸で発生し日本にも飛来する黄砂は,喘息などアレルギー症状に対して増悪作用を示すことが知られていますが,そのメカニズムはよくわかっていません。我々は,「黄砂に付着した大気汚染物質がこのような健康被害をもたらす要因のひとつである」という仮説を設け,その実証に取り組んでいます。

黄砂上における発がん性ニトロ化PAHの二次生成

PAH(Polycyclic Aromatic Hydrocarbons; 多環芳香族炭化水素)とは化石燃料などが燃焼する際に発生する大気汚染物質の一つです。中国大陸で大量に発生しますが,その一部は黄砂に付着して運搬される可能性が指摘されています。われわれは,黄砂に付着したPAHが大気中に共存するNOx(窒素酸化物)と反応し,発がん物質であるニトロ化PAHへと容易に変化することを見出しました(Kameda et al., Sci. Rep. 6, 24427, 2016.)。黄砂が触媒となり大気中で起こる化学反応を促進することで,このような有害化学物質が生成している可能性があります。


黄砂上におけるPAHキノンの二次生成

PAHキノンとはPAHの酸化体の一種で,黄砂と同様にアレルギー症状に対する増悪作用などを示すことが知られています。ニトロ化PAHと同様に,黄砂の上でPAHキノンが容易に生成するとすれば,それは黄砂がもたらすアレルギー症状増悪作用と深く関連しているかもしれません。このことを検証するための観測や室内実験に,現在取り組んでいます。


      黄砂表面における有害PAH誘導体生成のイメージ図

大気粒子中有害化学物質の新規測定法開発

ガスクロマトグラフ-質量分析装置


 大気粒子に含まれる有害化学物質の多くは濃度が極めて低く,その存在量や環境中の振る舞いを明らかにするためには,それらを高感度・高精度で測定する手法の確立が重要となります。そこで我々は,高速液体クロマトグラフィー(HPLC)やガスクロマトグラフ-質量分析装置(GC-MS)などを利用した大気粒子中有害化学物質の新規測定法開発に取り組んでいますKameda et al., J. Chromatogr. A, 1216, 6758, 2009.; 亀田ら, 分析化学, 62, 979, 2013; Kamiya et al., Polycyclic Aromat. Compd., 37, 128, 2017.など)



     開発した蛍光検出HPLC法により測定した大気粒子中PAHキノンのクロマトグラム

酸化能にもとづく大気粒子の有害性評価

PAHキノンが黄砂と同様にアレルギー症状に対する増悪作用などを示すことを上で述べましたが,その要因の一つは生体内に取り込まれたPAHキノンにより生成する活性酸素種(Reactive Oxygen Species; ROS)であると言われています。生体内でROSが過剰に生成すると,蛋白質やDNAが酸化・損傷され,その結果さまざまな疾患を引き起こすと考えられていますが,大気粒子中にはROSの過剰生成をもたらす化学物質が数多く含まれています。そこで我々は,大気粒子や大気粒子中に含まれる化学物質のROS生成能を,Dithiothreitol(DTT)との反応の速さ(酸化能)をもとに評価する,"DTTアッセイ"という手法を用いて明らかにしようとしています(Okubo et al., Polycyclic Aromat. Compd., 42, 5152, 2022.)。